■女優のはなし■












表向きには本業…めんどくさいので役者です、と答えることが多いです。東京に出てきたのも演劇学ぶためだったし、結局一番長く活動しているので、こう言うのが一番角が立たないですね。
高校時代…友達に誘われて演劇部に入りました。最初は学芸会みたいだったけど、徐々に役者としての意識が目覚めてきた気がします。それまで何をやっても普通の人以下だったのが(万年ベンチウォーマー)演劇の舞台ではスポットライトを浴びて、賞賛の声をもらったり、他校の人に演技が好きだと言ってもらえたりして、純粋に嬉しかったです。 市民ミュージカルで元タカラジェンヌの方々と共演しました。プロのオーラに触れて、私もプロになりたいと思ったのはそれがきっかけだったと思います。とはいえ期末テストの期間中だったので成績が落ちたのは自分の至らなさでした…。その市民ミュージカルのつながりで地元ラジオ局のラジオドラマに呼んでいただきました。故・納谷悟朗さんと共演できたことが本当に心に残っています。
短大時代…歌と芝居が好きで、宝塚に憧れていたので、ミュージカルコースを選択しました。2年間という短い間でしたが、みっちりミュージカルや演劇の歴史などを勉強できたと思います。で、ここで気づいてしまったのですが、「あれ、私ダンス踊れないんでね?」そうです、万年ベンチウォーマーの速水さん、運動神経からきし。リズム感があっても体がついていきませんでした。 ミュージカルをやる上でかなり大事なダンス。私はそこで諦めてしまいました。「ミュージカルは、無理だ。歌と芝居を別々にがんばろう」
短大卒業後…半年間でしたが、FMラジオのレギュラーをいただきました。短大の卒業公演で色々使い果たした私は、しばらく舞台から離れたい…と思い、タレント業に精を出しました。事務所にも大事にしてもらっていたと思います。オーディションにもたくさん行きました。
大河ドラマ…大河ドラマにも一瞬だけ出ました。台詞は無く、女優さんの真後ろにいて顔が映ってなかったという残念さでしたが、現場はとても勉強になったし、これからもっとがんばるぞーと思ったものです。
活動休止、そしてフリー…まあ、無謀だったとは思いますが、そうせざるを得ない状況になりましたので、お世話になった事務所を退所し、一年間の活動休止を経て不死鳥のように蘇った速水さんは、少しだけ、焦りと諦めを感じていたのでした。
ワークショップ…知り合いの役者さんつながりでいくつか行ったのですが、お金はかかるし、ためになったのかそうでないのかわかりません。結局横のつながりなんだな、と納得し、自分で学んだり現場で成長していったほうがいいなと思ったのでワークショップに行くのはやめました。昔から嫌いなんですけどね、ワークショップ。(言っちゃった)
ゴールデンボンバー…心身ともに憔悴しきった私の癒しでした。メジャーへの道を駆け上がっていく段階を応援するのも楽しかったし、メジャー行きま宣言したライブに立ち会えたことも嬉しかったです。とにかく熱狂的なファンでした。心のよりどころだったんです。
撮影会モデル…復帰してから、アイドルのような活動をしていました。それによってファンというか、速水ゆかこを知ってくれる人も増えたと思います。ただ、これまでの経歴がすべて白紙になったので、年齢など色々と不利でしたけど。宣材写真にもなったし、撮影会は楽しかったです。
役者飲みはめんどくさい…まあ私がお酒飲めないってのもあるけど、とにかく長い。語りが長い。冷静に考えると中身もそんなに無い。なんでみんなあんなに語りたがるのか?自分が共演してきた有名人の話をドヤ顔で自慢してくる人が最も苦手かもしれません。お前がすごいんじゃねーだろと。早くおうちに帰ってあったかい布団で眠れば人間っていいなと感じるはずです。

とまあ、そこかしこから怒られそうなこと書いてきましたけど、お芝居するのは楽しいし、演劇論を語るのは嫌いだけど、私にも芝居する上でのこだわりやプライドはあります。伊達に十年やってきたわけではありません。でも、自分の演劇論を他人に押し付けるのはナンセンスだよね!


「クロースタジオ」さんのCM撮影です。


秋田弁声優としての一歩…


氏神一番さんと。


夜鷹のおなす。


シャンソンフェスティバルにて。ミシェール(主演)。

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